当院について

熊本地域医療センターだより

シリーズ企画「友達の輪~Relayトーク」第38回

木村 浩
えず総合診療所
木村 浩 先生

熊本地域医療センターの思い出

 大和クリニックの山本浩一朗先生から紹介いただいた、えず総合診療所(東区)の木村です。山本先生とは天草地域医療センター、西日本病院で一緒に働いておりました。

 遠い昔、平成が始まったころ、私は脳神経外科研修医2年目の医師として1年間、熊本地域医療センターで勤務しました。当時の医療センターは設立間もないころで若いスタッフが多かったです。どの部署もNsはほぼ20歳代、Drも部長が大体40歳代、脳外科部長に至っては30歳代後半でした。若い病院、若いスタッフ、まだ世の中はバブルの余韻が残っていた当時、働き方改革もなかった頃ですから、仕事も遊びもイケイケどんどんの時代でした。外来にはマドンナと呼ばれていたNs(脳外科の先輩がそう呼んでいた)もおり、よく飲み会があったことを覚えています。

 当時の脳外科は、部長と研修医の2人体制で、年間150例ほどの手術があったと思います。熊本地域医療センターから脳外科が撤退してずいぶんたちましたから、当時を知るスタッフはもういらっしゃらないかもしれません。

 その時代、昼間の手術室は、消化器外科の予定手術でほぼ埋まっておりました。消化器外科の先生たちは1日を手術室で過ごしておられましたから、病棟ではめったに見かけませんでした。

 ほとんどの手術が緊急手術だった脳外科は、夕方、消化器外科の手術が終わってからの手術開始でした。夕日が沈むのを眺めながら手術室に入室したものです。血管内手術がまだ普及しておらず、SAHは全例、開頭クリッピング術でした。3DCTAもMRAもない時代、SAH来たら即、脳血管撮影、それもアナログフィルムの時代ですから、動脈瘤見つけるのに2時間くらいかかっていました。夜間の緊急脳血管撮影を研修医一人でこなし、時に、脳血管撮影中に脳動脈瘤再破裂で呼吸停止、慌てて気管内挿管、などもありました。今思うとよくやってたなと思います。

 脳動脈瘤が見つかったら、すぐ手術でした。昼間の手術室は予定で埋まっているので、翌朝まで待機することはありませんでした。家族への説明、同意書作成、血管撮影のチーム 手術室のチームの呼び出しなども含めると、患者搬入後、手術が終わるまでに12時間くらいかかることもありました。

 熊本地域医療センターでの研修1年間で、いろいろな経験もできましたし、度胸も付きました。いろいろな意味で脳外科医、医師、としての基礎ができたような気がしております。

 地域医療センターでの研修が終わった次の年の4月、済生会熊本病院脳神経外科勤務が始まったころ、なぜか熊本地域医療センターから夜間の呼び出しがあり、緊急手術のアシストに入ったことがあります。それ以来、熊本地域医療センターとは縁がなくなっておりました。

 数年前、思いもよらず開業医となり、再び熊本地域医療センターとのかかわりが増えてまいりました。今後ともよろしくお願いいたします。

 次回は蓮台寺クリニック 泌尿器科の木谷公亮先生にお願いいたしました。木谷先生は私の中学、高校、大学の同期で、えず総合診療所で週2回、泌尿器科外来を担当していただいています。

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